- ことばの種(STさんのつぶやき)
花子は花子のもの
友人の子どもが小さかった頃に言っていたことばです。
「1才くらいまでは、私のかわいい花子(仮名)ちゃんという感じだったんだけど、
2才くらいを過ぎると、もう花子は花子のもの、
母とは別の人格だなという感じがする。」
子どもの人格が、子ども自身のもので、親とは別人格だなんて、当然のことではあるのですが、新生児の頃から、大事、大事…と育てていると、ついつい忘れがちです。
特にお母さんにとっては、少し前まで、お腹の中にいて、いわば自分の一部のような状態だったわけですから、我が子=自分自身のように感じるのも当然のことかと思います。
でも、「花子は花子のもの」、親とは別の人格だと、明確に意識することは、とても大切です。
親子でも、夫婦でも、兄弟姉妹でも、みんな1人1人、別の人間、別の人格なんですよね。
だから、思い通りには動かないし、「当たり前でしょ?」と思うことが伝わらなかったりすることがあります。
それは、子どもが悪いわけではなく、パパやママのことが嫌いなわけでもありません。
その子には、その子自身の思いや考えがあることの証拠とも言えるでしょう。
世間一般の「よい子」のイメージからずれてしまう時、また、そのことを指摘された時、まるで自分が否定されたかのようにつらく感じるのも、我が子と自分自身を同一視する感覚が抜けきっていないからではないでしょうか?
お子さんの状況や評価は、パパやママの「通信簿」では、ないですよ!
お子さんが、上手にできないことがあっても、それは、ダメな親だからではありません。
(もちろん、お子さんがダメなのでもないです。)
こんなにも、子どものためを思って言っているのに…
どうして、伝わらないんだろう?
どうして、できないんだろう?
どうして、こんなこと、しちゃうんだろう?
でもね、できること、できないこと、得意・不得意は、人によって違います。
分かりやすい伝え方も、意思表示のしかたの好みも、人それぞれです。
もしも今、お子さんに苦手なことや、課題があるのなら、それをどうやって克服するか、どうすればがんばれるかを、考えればいいのです。
(私個人としては、そもそも克服する必要があるのか?も、1度考えてみてほしいなと思います。)
「花子は花子のもの」
だから、パパやママが子どもの頃と、同じだけのことができなくても、大丈夫ですよ。
…付け加えて言わせていただくと。
だから、我が子をしんどいと感じることがあっても、別に変じゃないですよ!
別の人格ですから。
ずっと側にいて、自分でない「別の人」のことを最優先に考えていれば、それは、しんどくて当たり前です。
それと、皆さん、ご自分が子どもの頃、そんなに物分かりのよい、いい子でしたか?
育児書に書いてあるような、あるいは、家の外でみかける「よその子」のような、理想の子どもでしたか?
そんなに、「ず~っといい子」な子ども、本当にいるのかな? 少なくとも、私は、そんな子じゃなかったですよ。