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  • ことばの種(STさんのつぶやき)

そんなにオレが悪いのか♪パート2

前回は、大人に行動を注意されたときの反応について、考えたのですが、今回は、その、注意される「行動そのもの」について…

繰り返す、その行動。

そんなに、大変な悪事ですか?

たとえば、どんなことをしていますか?

集まりや、授業の最中に立ち歩いてしまう?

…確かに、その場にふさわしくない行動ですし、良いことではないですね。

でも、どうして立っちゃうんでしょう?

何か理由があるんじゃないのかな?

もしも、先生がお話ししていることばや、内容が、難しくて全然わからなかったら?

じっと座って聞いているのは、子どもにとっては難しいでしょうね。

私は、大人なので、その場に座っていることはできますが、おじさま達がメジャーリーグの話題で盛り上がり始めたら、実は、全然聞いていません。そっと気配を消して、今日の晩御飯の献立について考えていますよ(笑)

先生のお話より、気になるものが、あるのかもしれませんね。

塾講師をしていた頃、わりと優等生の中学生の女の子が、大好きなアイドルの写真付きペンケースにうっとり見とれて、授業を聞いていない…という場面、何度か遭遇したことがあります。

小さいお子さんの場合なら、尚更、お話の内容や伝え方、環境を調節する必要がありそうですね。

それでも、尚、座っていられないなら、そのお子さんの、特性や、現在の発達段階では、その活動の間、ずっと着席して過ごすのは、まだ難しいのかもしれません。

他のお子さんの妨げにならない形や、程度で、その場を離れることを、認めてあげることも検討してみてはいかがでしょうか?

他には、どんな「悪い」ことをしますか?

おもちゃをひとりじめしてしまう?

うーん、よくありますよね。

たくさん、たくさん、おもちゃを自分の手元に確保して、お友だちに譲れない…

困りますね。

でも、どうして、そうなっちゃうのかな?

そもそも、数が足りないということは、ないですか?

ブロックや積み木の場合、想像力が広がり、作りたいものが大きく、具体的になってくると、必要な数も増えてきますね。

「みんなで仲良く、○個ずつよ!」というのは、大人の都合で、それが全部ないと、そのお子さんにとっては、遊びとして成立しないのかもしれませんよ。

十分な数を用意することが、まずは必要かもしれません。

(家では難しいかもしれませんが、園長先生、理事長先生…、もし数が足りないようなら、現場で必要としている数、買ってあげてくださいm(_ _)m)

…あればあるだけ、手元に置きたいお子さんもいますね。

このタイプはちょっと、対応がむずかしいなーとは、思うのですが。

まずは、存分に1人で使いこんで、満足すれば、お友だちと分け合える場合があります。

1度、パーテーションで区切ったり、別室に移動したりして、納得いくまで使わせてあげてはどうでしょう?

あるいは、この時間はAちゃん、次の時間はBちゃん…という風に、1人ずつ時間制で使うという方法もあります。

場合によっては、そのお子さんがいるときには、そのおもちゃは出さないことを検討してもいいかもしれません。どうしても、そのおもちゃにこだわってしまって、1人占めしてしまうのがわかっているのであれば、それを無理に分け合わなければならない状況を作るのは、かわいそうかな?と思います。

他には?

机に上る等、危ない遊び方をする?

…うーん、だって、そこに、上れる高さの、楽しそうなものがあるから。

「危ない」「お行儀が悪い」等、わかって欲しいところではありますが、それでも、楽しそうならやっちゃうのが、子どもなんですよねー。

上れるものがあれば、上るし、走れる場所があれば走るし、投げるのにちょうどいい大きさや重さのものがあれば、投げたくなります。

成長にともなって、それでも、「やらない」と自分の行動を制御できるようにはなっていくけれど、今は難しい、やっちゃう…ということが、わかっているのなら、環境の方を調節する必要があるのではないでしょうか?

自由遊びの時間には、机を片付けたり、スペースを小さく区切って、走るスペースをなくしたり、投げたくなっちゃうものは、お部屋に置かないようにしたり…

子どもが「良い子」でいるために、大人ができることは、たくさんあります。

最後にもう1つ。

それ、本当に、「悪い」行動ですか?

その園や、その学校の中でだけの、大人が設定した「ダメ」ではないですか?

例えば、ある園では、ブランコには座って乗ることがルールで、立って乗るのは×です。でも、家庭などでの公園遊びでは、ブランコの立ち漕ぎなんて、普通の遊びですよね。

ある施設では、施設の建物の中であれば、自由に移動して、別の部屋で過ごすことも認められています。

でも、別の施設では、決められた部屋から出る時には、(自分で手が届いても)職員に申し出て、ドアを開けてもらうことが求められます。

あるコミュニティでは問題ない行動を、別のコミュニティでは「よくない」と注意されてしまうわけです。

場面によって、ルールが変わると、子どもたちは混乱します。

お子さんが小さいうちは、可能な範囲で、ルールを統一した方がいいと思います。

そうして、共通のルールに沿って生活し、ある程度、理解できるようになったら、「園ではダメ」「お家でならOK」等、コミュニティや場面によって、ルールが違うことを伝えていきましょう。

加えて、上の例と同様、「行動そのもの」が悪いわけではないのに、問題視されてしまうケースとして、所属する施設、集団と、そのお子さんの特性や発達段階が合っていないという場合があります。

他のお子さんと、わかること、できること、遊び方等に、大きな差があると、一緒に遊ぶのが難しかったり、そこにあるおもちゃでは、十分に遊べなかったりする場合があります。

小学6年生の教室に、乳児さんが1人だけ混ざっている、又は、その反対を想像してみてください。

一緒に遊んだり、そこにあるおもちゃで楽しんだりするのは難しいですよね。

仕方がないから、自分なりに遊び方を工夫したり、大人に遊んでほしいとアピールしたりすることになるわけですが。

その遊び方の工夫も、園や施設、周囲のお子さんの発達段階などにより、歓迎されない(そのお子さんにとっては大丈夫でも、より幼いお子さんにとっては危険なこともあるので)場合があります。

同じ遊び、同じおもちゃで楽しめる子ども達の中でなら、問題なく振る舞えるお子さんが、そうでない集団に身を置くと、(その集団の中では)よくない行動をしてしまうということになります。

この場合、通園する園や支援施設などを、変更することはなかなか難しいと思うのですが、日頃から、家でどんな遊びをしているか、どんなおもちゃがお気に入りか、園ではどうか…等、ご家庭と園で、密に情報共有していくことで、お子さんの状況を知り、必要な配慮や工夫をすることは可能です。

「そんなにオレが悪いのか?」

その場面では、よくない行動だけど。

その行動、大人の工夫で防ぐことはできないかな?

大人が、誘発してしまってはいないかな?

自分の気持ちをコントロール(やりたいけど、いけないことだから、しない)したり、場面によって、求められている振る舞いがわかったり…

少しずつ成長し、いずれそうなってはもらいたいけれど、それが今は難しいのなら、「良い子」でいられるように、周囲が協力してあげても、いいのではないでしょうか?

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